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モスクワの戦い
1941年10月2日より行われた、ドイツ軍によるモスクワへの攻略戦が「オペレーション・タイフーン」です。
バルバロッサ作戦の第2段階として敢行されました。
ハインツ・グデーリアン率いる第2装甲集団は9月13日、突如北東へ向かいソ連軍の防衛線から120kmほど離れたオリョールを目指しました。
10月3日にはオリョールを落とし、同時にブリャンスクを攻撃。さらにヘルマン・ホト率いる第3装甲集団、エーリヒ・へープナー率いる第4装甲集団がモスクワ真西に位置するヴャジマ方面を突破。
ブリャンスク周辺とビャジマ周辺に2つの包囲網を形成し、相当な戦力を有するソ連軍を壊滅させ、事実上ソ連第19軍を主力とする西部戦線司令部を機能しない状態にまで追い込みました。
10月14日には第3装甲集団はヴォルガ川を渡河し、モスクワとレニングラードを結ぶ鉄道を断ったほか、10月末にはグレーリアンの部隊がトゥーラ近郊まで到達することに成功しました。
モスクワ陥落の危機に、スターリンはレニングラード攻防戦をひと段落させたゲオルギー・ジューコフに首都防衛を命じます。同時に国防委員会は政府機関や工場をウラル方面へと疎開させ、モスクワ市民を中心にドイツ軍に立ち向かわせ、冬将軍の到来までできるだけ長くドイツ軍を足止めする作戦を実行します。
周辺の士官学校生や、コムソモール員から成る共産主義者義勇団等を大量動員し防衛前線への人員補充に当てました。
第2SS躑弾兵師団ダス・ライヒと第10装甲集団はモジャイスク周辺でソ連軍の反撃を受け、突破した部隊も進撃の勢いを失うと、10月に入りついに天候が悪化。
ここからは厳寒に対しての装備不足などによりドイツ軍がどんどん押されていくのは有名な話ですよね。
12月5日、モスクワ攻略の続行不可能が明白となり、ブラウヒッチェ、ボック、レープ、ルントシュテット各元帥と、ホト、へープナー、グデーリアン各大将と35名の将軍更迭をもって作戦は失敗に終わりました。
キットの兵士4体はそれぞれが当時の典型的な冬服を着た、冬季装備なんですね。それぞれ違う服装なのが印象的です。
ドイツ軍って、みんな同じ戦闘服でってイメージですが、それがこれだけちぐはぐになっても見れるからすごいですよね。
冬の厳寒を感じさせるポーズなので、雪の中で朽ちていく戦車のジオラマに合わせたりするといいかもしれませんね。
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